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共感覚は後天的に習得可能か?

ICUで書いた「共感覚」に関するレポートをこちらのブログにも公開します。


僕が初めて「共感覚」というものを知ったのは中二の時であり、以来ずっと独学で研究してきたものでもあるのですが、大学に入ってこのようにそれまで積み重ねてきたものを正式なフォーマットで書けるとうのはなかなか嬉しいことですね。



(以下レポート本文)



こころと行動の生物学的基礎 最終レポート
Biological Foundations of Mind and Behaviour Final Report

共感覚は後天的に習得可能か?

2014/11/14

ICU(国際基督教大学)生駒 翼

I.はじめに

私は今回のレポートにおいて、「共感覚は後天的に習得可能か?」というテーマで共感覚について主に生物学的、神経学的な観点から考察していこうと思う。私がこのようなテーマに興味を抱いた理由は、私自身、6年前に共感覚というものを本で知り、それ以来、共感覚を後天的に身につけるためのトレーニングというものを続けてきたからである。今回のレポートにおいては、まず前半において、現代科学の研究成果に基づく共感覚の仕組みや要因に関する推察をまとめ、そして後半において、本レポートの主題である「共感覚は後天的に習得可能か?」ということに関して記述していこうと思う。

II. 共感覚とは何か?

共感覚とは、単一の感覚刺激によって異なる知覚が同時に引き起こされる現象のことをいい、50種類以上の共感覚の存在が報告されているが、最も多く観測される共感覚は色聴や色読である。心理学者ジョン・ハリソンによれば、共感覚の感じ方には個人差が見られるが、先天的な共感覚者に必ず共通している特徴として、「物心付いた時からずっと共感覚者だ」ということがある。つまり、何かしらのきっかけがあって共感覚者になったのではなく、生まれた時からずっと数字に色がついて見えたり、人の声に形や手触りを感じたりすることがあり、自分以外の人間も当然同じように世界を共感覚的に認知しているものだと信じていたのだという。しかし、多くの共感覚者達は、自分の認知している世界に関して親、先生、友人といった他人に話した際に、笑われたり叱られたりすることによって、自身の共感覚の能力を隠すようになるらしい(2006)。また、共感覚と見られる存在の報告は古典文献などからも見られ、例えばジョン・ハリソンによればジョン・ロックが「色盲の人がトランペットの音を赤色として認識していた」と報告していると述べ(2006)、神経科学者のV・S・ラマチャンドランによると、音楽家のフランツ・リストはオーケストラの指揮をする際に「もっとここの音は青くしてください」などと言ったとされ(2013)、認知科学者の苫米地英人氏によれば、「モーツァルトは光共感覚者で、音を光として捉えていた」と述べている(2007)。更に、ジョン・ハリソンによると、共感覚は遺伝するとも言われており、共感覚の性質を持つ遺伝子は「X染色体による男性に致死性のある伴性遺伝モデル」によって成り立つために、共感覚者は女性に圧倒的に多いのだとする説もあるが、この説は共感覚者家系図などから推察されたものであり、これを裏付ける共感覚遺伝子の発見などといった証拠はまだ見つかっていない(2006)。

III.共感覚の測定


これまでに多くの科学者達が共感覚の存在を測定しようと試みてきたが、そのうちの一つに、fMRI(磁気共鳴機能画像法)を用いた色聴の共感覚の実験がある。その実験においては、V8と呼ばれる視覚野の一部が計測されており、V8は色処理に特化した脳部位の一つであると言われている。共感覚者である被験者は、色の共感覚を引き起こす刺激(単語)を聞いている時と、共感覚を引き起こさない刺激(純音)を聞いている時の、それぞれの脳活動をfMRIによって計測される。実験者は、色の共感覚を引き起こす刺激を聞かしている時のほうが、被験者のV8はより活性化するという仮説を立てた上でこのような実験を行い、実際のその通りの優位性が見られる実験結果を得ることに成功した(ジョン2006)。この実験結果から、もしも脳の機能局在という神経生物学の基板をなす仮設が正しいと仮定するならば、共感覚は存在しているという結論を立てることができる。

IV.共感覚は後天的に習得可能か?

IIとIIIにおいて、共感覚の特徴とその存在に関して記述をしてきたが、ここからは本レポートの主題である「共感覚は後天的に習得可能か?」ということに関して考察を進めていく。まず、そもそも共感覚という能力は多かれ少なかれ人間に誰しも備わっている能力なのではないかという可能性について考察していこうと思う。
II.でも述べたように、先天的な共感覚者と呼ばれている人達に共通して言えることは、「物心付いた時からずっと共感覚者だ」ということである。これが意味するところは、もしかすると、人は誰しも赤ん坊の頃は共感覚者であり、様々な知覚を一つのものとして統合した状態で世界を認識しているが、成長していくにつれて感覚に対するモジュール構造が分化していき、共感覚的な能力が減退していくのかもしれないと言われている(ジョン2006)。もしこの仮説が正しいのであれば、誰しもかつては共感覚者であったため、一度忘れてしまったとしても、後天的な訓練によって共感覚の能力を再び得ることができるのではないかとも仮定することができる。しかし、ここには可塑性の問題が絡んでくる。仮に人には潜在的に共感覚の能力が備わっているとする仮設が正しいとしても、一度神経構造が固定されてしまったあとでは、二度と元の共感覚的な能力を再発させるための神経構造を確立し直すことはできないかもしれない。一方で、可塑性や神経構造が共感覚の性質に関わってくるのか否かもはっきりしていない。
また、共感覚が誰にでも備わった潜在能力ではなく、完全に遺伝によって成り立つものであるとするならば、一見後天的な訓練によって共感覚の能力を身につけることは不可能のように見える。しかし、もしも遺伝子組み換え技術によって共感覚の性質を持つ遺伝子を人に埋め込むことができれば共感覚の能力が埋め込まれた人に出現する可能性もある。もっとも、そのような遺伝子が体内に存在さえすれば、共感覚が引き起こされるかどうか分からないため、確実な方法とは今のところいえない。
共感覚が誰にでも備わった能力であるのか否か、どちらにせよ、共感覚を後天的に身につけるためのトレーニングがあるとも言われている。私自身が6年以上続けてきたものでもあるが、その方法は例えば単純に、「音楽を聴きながら、その音を色、味、手触りといった別の感覚に変換する」というものである。認知科学者の苫米地英人氏によれば、この方法を繰り返していけば、後天的に共感覚を身につけることは可能であると述べている(2007)。これだけでは科学的な根拠は薄いものとなるが、確かに私自身、6年間同様のトレーニングを続けてきた結果、トレーニングを開始する前とでは確実に音楽を聴いている時にそこに色、形、味、匂いといった感触を少し感じられるようになった。しかし、私が感じているこの「感覚」が、共感覚者が感じている「感覚」と同じものとみなして良いのかは分からない。この問題に関して、次章で述べようと思う。

V.クオリア問題

前章でも述べたように、私はトレーニングの結果、「共感覚」に近いものを感じられるようになったが、私が感じている「感覚」が、共感覚者の感じている「感覚」と同様のものと言えるのかは分からない。例えば、私の知り合いの(先天的な)共感覚者達は「音を掴める」「金属同士がぶつかる音を聴くとゾワゾワする」といった事を述べているが、私は触覚による共感覚をあまり感じないし、色聴なども、普通に感じる知覚と同じ程度にリアルに感じられているのかというと、よく分からない。また、共感覚者に限らなくとも、例えばコーヒーを見た際にコーヒーの味や触感などを想像することはでき、その時に得た「感覚」と「共感覚」で得た「感覚」との間にどういった差があるのかも判断できない。こういった問題は生物学、神経学の問題というより心の哲学(philosophy of mind)で言われている「クオリア問題」と言える。「クオリア」とは、われわれが何かを知覚したり感覚したりするとき、それらの知覚や感覚に表れる特有の質的特徴のことをいう(金杉2007)。例えば、トマトを見たときに「赤い」と感じ、他人も同じトマトを見て「赤い」と感じた時に、その両者の「赤い」は同じクオリアと言えるのかといった問題が出てくる。それと同様に、先天的な共感覚者が感じる「クオリア」と、後天的な訓練によって身に着けた共感覚的な能力によって感じる「クオリア」は、同一の「クオリア」と言えるのかといった問題が依然として残っている。

VI.結論

「共感覚は後天的に習得可能か?」という問いに対しては、「後天的な訓練によってある程度共感的な能力を身に着けることは可能かもしれないが、そこで得た能力が果たして『共感覚』と言えるかどうかはわからない」といった程度の結論を出すことができると思われる。共感覚という能力に関して、PET(陽電子放出断層撮影法)やfMRIを用いて血液量を測ることによって、機能的に共感覚がどのような性質を持っているのかを客観的に見ることはできるようになったが、主観的に個人が感じている「クオリア」のレベルに至ると、それを測定し、理解する方法は未だに確立されておらず、その方法の探求が、これからの神経生物学を含めた心理学の最大の課題と言えるのではないかと思われる。

VII.参考文献

Edward M. Hubbard & V.S. Ramachandran “Neurocognitive MechanismsofSynesthesia”
http://www.cell.com/neuron/abstract/S0896-6273%2805%2900835-4?cc=y

ジョン・ハリソン(松尾香弥子・訳)『共感覚 もっとも奇妙な知覚世界』新曜社、2006年

Noam Sagiv & Jamie Ward “Cross-modal interactions: lessons from synesthesia”
http://www.pc.rhul.ac.uk/staff/J.Zanker/PS1061/Sagiv-Ward-2008.pdf

V・S・ラマチャンドラン(山下篤子・訳)『脳の中の天使』角川書店、2013

金杉武司『心の哲学入門』勁草書房、2007年

苫米地英人『頭の回転が50倍速くなる脳の作り方~「クリティカルエイジ」を克服する加速勉強法~』フォレスト出版、2007年


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Author:生駒 翼
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人の悩み、思想、感性などについて、日々生駒が考え、向き合っていることを、書いていくブログです。
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