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「ほんのちょっぴり」の連鎖

今日Youtubeに挙げた動画でも語った話を、もう少し掘り下げて見ようと思います。

いきなりですが、果たして「素人」の情報発信、活動には価値があるのでしょうか?

その道の「プロ」がいる中で、「素人」が出しゃばってああだこうだ言うのは間違っているのではないのか?

こんな風に感じた事ってありませんか?僕はよくこういうことを考えてしまっていました。

結論から言えば、僕は「素人」の情報発信、活動には十分価値があると思いますし、意義ある行いだと思っています。

いや、寧ろそんな「素人」がもっと活躍することで、社会はもっとオモシロく、良くなっていくのではないかと期待しています。

例えば、ここに一人の凄腕のプロのカウンセラーがいるとします。

その人の手にかかれば、どんな悩みを持った人でも一瞬でその悩みを解決できます。

もう完全無欠なカウンセラーであり、その人以上のカウンセラーは他に存在しません。

日本の年間自殺者数は約3万人と言われていますが、そのカウンセラーの手に掛かれば、自殺寸前の人の精神状態もすぐに安定させ、自殺を食い止めさせることが可能です。

ではここで、一つ質問させて頂きたいことがあります。

果たしてこの「凄腕のカウンセラー」が一人いることで、日本の年間自殺者数を0人にすることができるでしょうか?

きっと、答えは"No"でしょう。

なぜなら、例えその「凄腕のカウンセラー」の能力が凄まじく高いのだとしても、その「凄腕のカウンセラー」が一日のうちに接することができる人の人数が限られていますし、その「凄腕のカウンセラー」のことを、ほとんどの人は一生知ることもないまま死んでしまうでしょう。

どんなに凄い人でも、一人でやれることには限りがあるのです。

一方、ここに「100人の素人」がいるとします。

彼らは、「凄腕のカウンセラー」と比べたら、カウンセリングの能力はかなり劣ります。

しかし、彼らは普通の人よりも、ほんのちょっぴり心理学やコーチングなどの知識に精通していて、いつも上手くいくというわけではありませんが、他人の相談に乗ることができるとします。

そして、彼らのうちの一人が、身近で困っている家族、友人、恋人などを見かけたとして、相談になることができたとします。

相談にのってもらった人は、悩みが解決したわけではありませんが、ほんのちょっぴり気持ちが軽くなり、少なくとも自殺をすることはなくなりました。

その家族、友人、恋人は、その後も度々落ち込んだり死にたくなる事がありましたが、「100人の素人」はその度に相談に乗ってあげました。

時には誤って相手のためにならない言葉を吐いたりしてしまうことがあるかもしてません。

それでも時には、相手のことを救うことができたりもします。

さて、この時、「100人の素人」がいるのといないのとでは、日本の年間自殺者数には変化があるでしょうか?

流石にすぐには0人になることは無いと思いますが、それでも「凄腕のカウンセラー」一人だけがいるよりかは、

「100人の素人」もいたほうが、確実に自殺者数は減るとは思いませんか?

もし減るのであれば、「素人」の活動、情報発信には意義があるはずです。

あなたの身の回りに、何か悩んでいる人とか、生き辛そうに人生を生きている人がいませんか?

思い当たる節があるなら、もしかしたら、あなたはほんのちょっぴりその人の助けになることができるかもしれません。

余計なお世話かもしれないという場合もありますが、少なくともあなたはその悩める人を「認識」できています。

「認識」できるということは、「介入」ができるのです。

それが「あなたにしか救えない"物語"」です。

人間、本当に辛い時って、とても辛いのに、それを誰にも言えずにひとりで抱え込んでしまい、

「誰にも認識されない」状態にある時なのではないかなと個人的に思っています。


もしも、幸運にもあなたがその悩める人を「認識」できたのなら、どうかほんのちょっぴりでいいので、その人の力になってあげてください。

それが「素人」にできる、役割であり、「あなたにしかできない」役割です。

ですから、「素人」の活躍には十分価値があると、僕は思いますし、そういった意味でも、もっと大勢の人が、

「自分の"価値"を認めてあげてもいい」

と思いますし、

「あなたが"主人公"になれる」

と思うのです。

長くなってしまいましたが、要約すると、言いたいこととしては「『素人』達の、ほんのちょっぴりの活躍の連鎖で、多くの人のためになる」ということです。

この文章を通じて、「『素人』も捨てたもんではない」と、ほんのちょっぴりそんなことを考えるきっかけになったのなら、「素人」の活躍として、これほど嬉しいものはありません(笑)

今朝あげたYoutubeの動画も、下にリンクを貼っておくので、よければ是非ご覧下さい♪

今日のところはこの辺にしておきます。感想、批判などもいつでもお待ちしております。

それでは!

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「装いはギフト」 政親準子著『人生は服、次第。』感想

「人生は服、次第」

FBにも書いた読んだ本の感想を、こちらのブログにも少し編集して転載しようと思います。

以下本文
*********************************************************************


「ファッション」について書くことにまだ少し気恥ずかしさがあるのですが、それでも読んだ本の感想、もとい宣伝文を書いてみようと思います。

寧ろこの記事は、僕と同様「ファッションとか苦手……」という方にこそ読んで欲しいです。

政近 準子さんの最新刊、『人生は服、次第』を読み終えました。

政親さんは、「ファッション」とは程遠い、と言うより「ファッション迷子」になっていた僕に、一つの方向性を示唆して下さった方です。

有限会社ファッションレスキュー代表取締役を務めているパーソナルスタイリスト兼、一般的な家庭を持つ主婦でもあり、僕は文字通り政親さんに間接的に「ファッションレスキュー」されました。

この本の中でも述べられていますが、政親さんは常日頃から「装いはギフト」というメッセージを伝えています。

詳しい話は政親さんの本やFBを自分で是非とも読んで頂きたいのですが、単純に言えば、「良い服装は、他人を良い気分にさせてくれる」ということです。

僕は元々、「装う」ということに対して、非常に強い抵抗感を持っていました。

「『カッコつける』ことは恥ずかしいことだ」

「『装った姿』なんて嘘っぱちだ!」

といった感じの固定概念に縛られていて、服屋に行くのがとても苦手でした。

特に一人で行こうものなら、UNIQLOでさえ、入口で10分位足踏みしてしまう位であり、試着どころか、服を見て回ることすら恥ずかしくてぎこちなくなっていました(笑)

何と無く、「悪いことをしている」ような罪悪感があったんですね。

けれども、「装いはギフト」という政親さんの言葉にある通り、「装う」ことは全然悪いことではなく、寧ろ他人や社会のためになるプレゼントなのだということを理解してから、その「抵抗感」が綺麗に払拭されたのです。

政親さんの言葉を借りれば、服装は「言葉」であり、自分の内面の”いちばん外側の皮膚”であるなら、そこから逃げるのではなく、寧ろ向き合っていきたいと思うようになりました。

以来、友人や後輩に頼りつつも、服を買ったり、美容院に行ったり(これも超苦手でした笑)することが、少しずつですができるようになって来ています。

何というか、以前までは「何を買えばいいの?」といった感じでしたが、今では「着る状況」をイメージしながら「服を選ぶ」ことを少しずつ分かって来ました。

ただそれでも、「ファッション」と向き合い始めたのがごく最近であり、まだまだ学ぶべきことは多いです。(気恥ずかしさもまだあります)

正直冒頭でも述べた通り、まだ「ファッション」について書くことへの抵抗感もあります。

それでも、まずはこの本に書かれてある「知的に装う」ことを目指して、10代で鍛えるべきと書かれてある「洞察力」+「表現力」を養いたいなと思っていま
す。

それでは!

*********************************************************************

といった感じの文章を今朝FBに書きました(笑)

ブログ用に書き直そうかとも思ったのですが、結構時間がかかりそうだったのでホンの少しの修正だけを入れてみました。

以下、政親準子さんの著作のリンクを貼ろうと思います。

それでは!
人生は服、次第。人生は服、次第。
(2014/07/25)
政近 準子

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一流の男の勝てる服 二流の男の負ける服一流の男の勝てる服 二流の男の負ける服
(2013/02/20)
政近 準子

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「主人公」になりませんか?

おはようございます、生駒です。

ブログを再開するにあたって、まずはこのブログの趣旨について書いてみようと思います。

ブログのタイトルにある通り、このブログの目指すところは

「『主人公』になる」ことです。

どういうことかと言うと、

僕が身の回りの世界を見ていて思うのは、どこか

「『主人公』になれないことへの恨み」

が蔓延しているのではないかということです。

「自分の思い通りの人生を歩んでいきたいのに、どことなく人生の主体に『自分』がいるような感じがしない」

「社会から排除されていて、自分が『脇役』にすらなれていないような気がする」

「さみしい」

などなど……こういった妬み?嫉み?苛立ち?のようなものを感じます。

少なくとも、僕自信がこういった感情を一身に、強く感じ、苦しんでいました。

なぜそう言った「排除された感覚」を感じるのかと言えば、それは自分が自分の人生の「主人公」になれていないからだと思います。

「物語」を創れていない、とも言えるかもしれません。

「主人公」と言うのは、何も少年漫画に出てくるようなアクティブで力強い人物のことだけを指すわけではありません。

「主人公」の形と言うのはひとつに限らず、色々あっていいと思います。

いや寧ろ、

あなたにしかなれない「主人公

あなただからこそ紡ぎ出せる「物語

が、必ずあるはずなんです。

そんな人生の「主人公」になりませんか?というのがこのブログの趣旨です。

とは言うものの、いきなり「主人公」なんて言われても、何のことを言っているのかよく分からないかもしれません。

それは、このブログを通じてあなたに伝えていきます。

正直なことを言えば、僕には「言いたいことをちゃんと伝えることができるのだろうか?」と言った不安が今あります。

それでも、伝えていきます。

「不安」を抱えたまま、何度も伝えていこうと思います。

それがとても大事なことだと思いますし、何よりも僕がそれを伝えたい、表現したいからです。

そうやって、「生駒 翼」の「物語」を紡いでいきます。

「『主人公』になりませんか?」とあなたに問いかけましたが、

まずは

僕が僕の「主人公」になります。

僕が「主人公」になり、その過程、「生駒 翼」の「物語」を見せていくことで、多くの人が「主人公」になれるのではないかなと思っています。

だからこそ、「主人公」になることを、僕は自分に許します。

それがこのブログのもう一つの趣旨です。

僕が考えていること、表現したことを、このブログを通じて伝えていくので、よろしくお願いします。

TwitterやFBもやっています。

Twitterアカウント @Tomo_Haneda02

FB https://www.facebook.com/profile.php?id=100005360971250

それではまた会いましょう!

生駒 翼

ブログを再開します。

お久しぶりです。生駒です。

ずっとほったらかしにしていたこのブログなのですが、少し趣旨を変えてまた連載を再開したいと思います。

以前までと同じように、苫米地式コーチング(TPIE)の解説も続けていきたいと思うのですが、それに加えて「生駒 翼」個人が思ったこと、表現したいことも、自由に書いていきます。(もしかしたら後者がメインになるかも?)

正直、自分の伝えたいこと、考えていることを上手く表現することができるがどうか、不安でいっぱいで、今もざわついた心のままこの記事を書いているのですが(笑)

それでもやはり書きたいこと、「みんな」に伝えたいことがたくさんあるのでやっていこうと思います。

「不安」を認め、「不安」があるまま、前に進みます。

コンフォートゾーンの外に進みます(笑)

それでは、改めまして、よろしくお願いします!

共に、自分の人生の「主人公」になっていきましょう♪

では!

生駒 翼

プロフィール

生駒 翼

Author:生駒 翼
ICU(国際基督教大学)に通っている都内の学生です。
人の悩み、思想、感性などについて、日々生駒が考え、向き合っていることを、書いていくブログです。
Youtubeに動画も投稿しています。
https://t.co/MqQdAtgvH2
連絡先……tsubasaikoma0☆gmail.com
(☆を@に変えてください。スパム対策です)
Twitter……@Tomo_Haneda02

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