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ICU祭~「楽しむ」ことを、自分に許してあげよう~

一昨日、学祭が終わり、そこでバンド演奏をしてきたのですが、そこで色々考えていたことを、FBにツラツラと書いたので、こちらにも若干編集して載せます。以下本文。



<ライブの様子>
Ark.jpg



ICU祭も終わり、Arkの初ライブも無事終了しました。


少しだけ、僕自身の内面的な部分を振り返って書かせて頂こうと思います。


今回のライブなのですが、僕自身、メンバーの中では一番音楽経験が浅いのもあり、技術的な面でもがいた部分もありますが、


それ以上に、最後まで僕の前に立ち塞がり続けた壁が一つあり、それが、


「『楽しむ』ことを、自分に許す」


こととの戦いでした。


以前にもFBに書いたのですが、バンドをやっているなんてこと、かつての僕からしたら絶対にありえないことですし、昔の僕が今の僕を見たら確実に殺意が沸くはずです。


なぜなら、そんなこと、自分がやるなんてこと、


「許してはいけない」


と、思っていたからです。


心の何処かで常に


「楽しい」


という理由だけで、何かをすることを、果たして自分に許していいのか?


「お前はそんなことをしてのうのうと『生きる』ことを許せるのか?」


……そういった自分を責めるような声が、僕の頭の中で響いていたような気がします。


ここで、こういう話にまるでピンと来ない人はたくさんいると思います。


「そもそも、バンド(音楽)なんて『楽しい』からやるもんじゃん?」



と、通常は考えるものですし、そういう人達にはそもそも「許す」という発想がないかも知れません。


それは、とても良い事ですし、僕もそういう「楽しい」という理由だけで自由に行動ができる「社会」の実現を望むし、目指しています。


ただ、現状、中には「楽しい」という理由だけで、何かをすることができない人がたくさんいます。


苫米地英人さんの本など読むと書いてあるのですが、例え、ハーバードビジネススクールの研究から、「want to」の行動の方が「have to」の行動よりも、生産性が何十倍も上がるというお墨付きの研究結果があると分かっていても、


なぜか、


「楽しむ」ことに対して、底知れぬ罪悪感を抱く人


というのは、たくさん存在します。


僕もその一人です。


8年以上自己啓発本などを読み漁り、コーチングも学び、考え続けて理論もほとんど完璧に理解しながらも、ずっと悩んできたのも、この「楽しむ」ということを、自分に許せなかったのが、最も大きな原因の一つです。


そうなった経緯みたいなものは、話すと長くなってしまいますので、今回は割愛しますが、ともかく、今回ICU祭に向けて色々と覚悟を決め、練習を積み重ねていく中で、それでも最後まで僕が葛藤し続けたことが、この、「『楽しむ』ことを、自分に許す」ということでした。


僕が、純粋に「楽しむ」こと、つまり、「音楽(音を楽しむ)」ができていないことに気付いたのは、同じArkのメンバーからのとある一言でした。


その日、本番まで一ヶ月を切っていて、多少の焦りもある中、スタジオで練習した後に、メンバーから、こう言われました。


「お前、なんだか暗いんだよな」


と。


明るい曲調の歌を歌ったり、演奏しているはずなのに、その歌い方であったり、身体の動かし方、表情の作り方が、どこかぎこちなくて、暗い。


「演奏する側が本当に『楽しんで』やらないとさ、来てくれるお客さん達を『楽しませる』ことなんてできないよ」



といったことを、直接的にか関節的にか言われ、そこから本格的に自分の「暗さ」に向き合うようになった気がします。


もちろん、「暗い」音楽だって、ありですし、僕もどちらかといえばそういう「暗い」音楽が好きです。


けれども、今回僕がライブを行う場所は、ICU祭。


つまり、「お祭(フェスティバル)」という空間です。


その中で演奏をする上では「盛り上げる」ということが必要条件となりますし、その事を覚悟した上で、ICU祭に出ると僕は決めたはずです。


だから、どう足掻いても、「暗い」だけでいけないし、「楽しむ」ということと向き合わなければいけなくなったんです。


恥ずかしながら、「楽しむ」にはどうすれば良いのかを考えたり、または「考える」のを禁じたりする中で、何回も一人で泣いていました。


「畜生……なんで、まだ自分を『許す』ことができないんだよ」


と、自問自答し続け、夢の中にも何回か出てきました。


ただ、ある時、その事を友達(メンバー)に泣きながら、


「なんで、みんなそんなに『楽しむ』ことを自分に許せるのか……『生きる』ことを自分に許せるのかが……分からない」


と、打ち明けたら、そこでようやくお互いに理解し合えたような感じがしました。


そして、今回のICU祭では、「楽しむ」というより、


「『楽しむ』ことへの決意」


として、僕(生駒 翼)はやっていくと、お互いに納得し、そこでようやく前に進めた気がします。


本番当日でも、特にアジカンの『リライト』や和田光司(デジモン)の『Butter-Fly』はそういった気持ちを込めて歌うようにしました。


反省すべき点は多々あるとしても、本当に、今年のICU祭は「楽しかった」と言えます。


Arkとしての自分達の演奏もそうですし、ICUの友達の色んなパフォーマンスを見るのが、楽しかった。


祭なんて、毎年「中心」から外れていることへの「センチメンタル」や「嫉妬」を味わうイベントだったのにね(笑)


まだ、


「『楽しむ』ことで、『明るい』方へ向かう事で、『誰か』が傷付くのではないか」


といった感じる必要の無い「不安」が頭を横切ることもあるのですが(笑)


ようやくスタートラインに立つ事が出来たし、ここから大きく前進することができる気がします。


とりあえず、友達にも言われたのですが、純粋にギターを好き勝手に弾くことで、楽しもうと思います。


今まで、一年位はずっと、「あれをしなきゃ、これができるようにならなきゃ」と、周りの格上のメンバー追いついていくので精一杯だったので。


本当に、僕の事を助けてくれた色んな人に感謝をしているのですが、それを素直に表現できるようになるには、もう少し先のことかなと思います(笑)


まだ、ここから始めるので。


ちなみに、今回のICU祭のライブの様子はビデオに撮影しているので、後でYouTubeにあげて公開する予定です。


これでもかなり話題を絞って書いたのですが、ものすごく長くなってしまいましたね(笑)


けれども、最後に一言だけ言わせてください。


それは、


「『楽しむ』ことを、自分に許そう」


ということです。この記事のタイトルですね(笑)


あなたが「やりたいこと」をあなたがやっていいのだし、それをあなたがすることは、全く、悪いことではありません。


「やりたい」「楽しい」と感じたのなら、どうかその自分の心に自分を従わせてあげてください。


自分を、裏切らないであげて下さい。


……以上です。


最後まで読んで頂きまして、本当にありがとうございました!


これからも、ブログ、Twitter、FB、YouTubeなどで、伝えたいことを「表現」していきますが、


今年のICU祭に関しては、一先ずこれにて終了です。(また振り返るかもしれませんが笑)


次なる大きなイベントとしては、やはり今選考真っ最中の「留学」とか、それに伴う「親」との関係についての話ですかね。


それでは!


感想、質問など頂けるととても嬉しいです。

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「才能」という名の幽霊

今日はいつものTPIEの解説から少し離れて、ちょっとした僕の考えを書かせて頂こうと思います!

あなたは今まで「君才能無いんじゃないの?」と言われた事があるでしょうか?直接そのような事を言われたことが無くても、似たような事を言われたり、「自分には才能がない……」と思ったり(或いは思わされたり)した事があるかもしれません。

僕は面と向かって「お前才能ないよ」と言われた事は記憶する限りないのですが、遠まわしにそのような事を言われた事はあります。例えば「生駒には数学的センスが無い」とか「お前は運動音痴だ!」とかね(笑)

また、自分で自分の事を「何の才能も無い人間だ……」と卑下していた時期もありました。小学校高学年から中学生位にかけての時期だったと思います。いわゆる思春期の時期ですね。

多かれ少なかれ、誰もがこのような悩みを抱えた事があると思います。また、今現在そのような悩みを抱えているかもしれません。

では突然ですが、あなたに質問させて頂きます。

才能とは何でしょうか?

生まれつき備わった特定の物事に対する能力のことでしょうか?
常人の努力では決して超えることができない壁の事でしょうか?
それとも、開花させない限りは眠り続けているポテンシャルのようなものでしょうか?

僕は、才能とは幽霊のようなものだと思っています。

なぜなら、現時点(2013年10月16日)において両者ともその存在を証明することができていないからです。

一体どういうことが言いたいのでしょうか?詳しく説明させていただきます。

例えば、幽霊が本当に存在するのか否かと言った話になった時に、幽霊が存在する証拠として、心霊写真や霊体験などが挙げられます。

しかし、それらは再現性が無いため、「幽霊は存在する」と言う事を裏付ける確固たる証拠には成り得ません。また、今のところ他に幽霊の存在を証明する有力な証拠はありません。

それでも多くの人々が幽霊の存在をどこかで信じ、心霊スポットやお化け屋敷に行くのが怖かったりします。実際、僕も恐いです。最近友人と富士急ハイランドに行ったのですが、例の有名なお化け屋敷には最後まで恐くて入れませんでした(笑)

以上のことから、幽霊の存在は証明されていないにも関わらず、「いるかもしれない」と思うことで僕達は「幽霊」に恐怖します。

しかし、幽霊が本当にいるかどうかは分かりません。

一方で、才能はどうでしょうか?

日常生活の中で、僕達は無意識のうちに「才能」という言葉を使いますが、そもそも才能なんて存在するのでしょうか?

おそらく、僕達が「この人の才能はすごい!」などと言う時は、その人が「何かを成し遂げた瞬間」を目撃した時だと思います。例えばオリンピックで金メダルを取ったスポーツ選手を見て「彼にはスポーツの才能があるんだな」などと思ったり、話したりします。

また、小学生のころに算数のテストの点数が飛び切り良かったり、かけっこで上位のスコアを出したりなどすると、「○○君(ちゃん)は才能があるわねぇ」などと言われたかもしれません。

しかし、これらの出来事は「才能の存在」を証明する証拠とはなりません。なぜなら結果論でしかないからです。

もしかしたら、オリンピックの金メダリストだって、最初は全然スポーツができなかったかもしれません。それを、長年にわたり厳しいトレーニングをして来た事によって、遂に金メダルを獲得することができたのかもしれません。また、算数のテストが良かったのは単純にそこの分野が良く理解でき、たくさん勉強したからかもしれません。

少なくとも、そこに「才能」が関わっているかどうかは分かりません。

では、このような「結果」からではなく、別の観点から「才能の存在」を証明できるものはあるでしょうか?

僕は何も思いつきません。

おそらく、冷静に考えれば、そのような証拠は正確に見つかってはいないと思います。ですので、「才能」というものがあるかどうかは分からないのです。

以上の話から、僕が「才能とは幽霊のようなもの」と述べた理由が分かっていただけたでしょうか?

「才能」も、「幽霊」も、実際に存在するかどうかは分かっていません。強いて言うなら、「存在する」と思うことによって出現する、いわば僕達の心が生みだす「幻想」です。

それならば、「僕(私)には才能が無いかもしれない……」と悩む必要はないのではないでしょうか?なぜなら、そんなものいくら考えたところで本当にあるかどうかなんて分からないですし、そもそも存在が証明されてもいないからです。

「才能が無かったらどうしよう……」と悩むことは、「幽霊が出たらどうしよう……」と悩むことと、本質は同じです。

悩んだってどうしようもありません。

別に僕は「才能」や「幽霊」の存在を真っ向から否定しているわけではありません。そのようなものが本当に存在するかもしれませんが、今現在では分かりません。

それなのに、あるかどうかもよく分からない「才能」という言葉を用いて、他人をけなしたり、自分の夢を諦めてしまったりするのは問題があるのではないかと思うのです。

「才能」が存在するかどうか分からないのなら、「ある」と思ったって「無い」と思ったって個人の自由です。それを他人に押し付けて「お前は○○の才能が無いんだから……」とか言うのは余計なお世話です。

「ある」と思ったって、「無い」と思ったって良いのなら、どうせなら、僕(私)にはすごい才能が秘められている!!!」と勝手に思い込んじゃいましょうよ。

それは別に「正しい」とも「間違っている」とも言えません。「才能」自体あやふやなものだからです。だから思い込んだって良いのです。そこに根拠が無くたって全然構いませんし、他人から何と言われようが関係ありません。その他人の言うことも根拠のないものが大半なのです。

それに、「自分には才能がある!」と思い込んだ方が、自信が湧いて行動力も出てきますから、実際に成果も出やすいはずです。その上、その方が単純に楽しいです♪

現に僕は「自分には凄まじい可能性が秘められている」と本気で思っています。別にそれは正解でも不正解とも言えないので、そう思うのは僕の勝手なのです。念のため付けくわえておきますが、それは傲慢とは違うのでご容赦ください(笑)

そう思うことによって、僕は毎日が楽しいですし、これからの自分の未来がとても楽しみです。「生駒 翼は次にどんな事をやってのけるのだろうか!?」とワクワクしています。

たまに上手くいかない事もあって落ち込んだりすることもありますが、自分の潜在能力(才能)を信じているので、そう時間はかからずに立ち直ることができますし、少なくとも立ち直ろうとします。

全体的に見て色んな物事が上手く進むのです。

僕は、もっと多くの人に自分の「才能」を信じてもらいたいのです。だからこその"We Can Believe In Our Potentials"なのです。

けれども、自分の「才能」を信じようが信じまいかは人の勝手なので、これは言うならば僕のわがままです。

それでも自分の「才能」を信じてくれる人が多い方が世界は楽しくなるだろうと思うので、僕はあくままでわがままを押し通します。

ブログも書き続けます。それは言ってしまえば全部「自分のため」です。

それでも、このブログを通じて、変な言い方ですが誰かが少しでも救われるのなら、こんなにうれしい事はありません。

長くなってしまいましたが、どうか「才能」と言う「幽霊」に振り回されるのではなく、「才能」と言う言葉を前向きに利用してください。

では!


プロフィール

生駒 翼

Author:生駒 翼
ICU(国際基督教大学)に通っている都内の学生です。
人の悩み、思想、感性などについて、日々生駒が考え、向き合っていることを、書いていくブログです。
Youtubeに動画も投稿しています。
https://t.co/MqQdAtgvH2
連絡先……tsubasaikoma0☆gmail.com
(☆を@に変えてください。スパム対策です)
Twitter……@Tomo_Haneda02

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